事務所の前に立ち、ポケットに手を突っ込んだ。
カバンも開けてみた。
後ろも振り向いてみた。
しかし見つからない。
鍵を忘れてしまった。
寝不足のせいなのか、それとも一つ一つ取っていく年のせいなのか、
イヤ、もっと他に大事なことが関係しているに違いない。
何の役に立つのかも知れない人工衛星が、地球の周りを廻っている時代だ。
通信機器さえ整っていれば、地球上の何処の情報だって得ることが出来る。
冷房が効いた部屋でサハラ砂漠の映像を体験できることも可能だし、
あたたかいカーペットにヌクヌクしながら南極大陸の旅を楽しむことだって出来る。
しかも、その手の情報はイヤな部分がなにもない。
汗の臭いも、砂のザラザラも、肌を刺す冷気の痛みも感じられない。
ただ、安穏で平坦に楽しい。
だから、忘れるのも早い。
リアルタイムで忘れてゆく。
体験しながら忘れてゆく。
痛みのなさは健忘症を産み出し続ける、、、